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「アダルトチルドレン(AC)」と「毒親」とはどう違うの?

アダルトチルドレン 毒親 違い

ねぇ、ボクお風呂に入っていて、ふと思い出したんだけど…。

「毒親」て「アダルト・チルドレン」とは違うの?

おっけー!
「毒親」と「アダルト・チルドレン」について調べるね。

前回の記事 アダルト・チルドレンで形成された性格がうつ病と関係している

「アダルト・チルドレン(AC)」と「毒親」の違い

「アダルト・チルドレン(AC)」の派生が「毒親」
イコールではないが、同じもの。

「アダルト・チルドレン(AC)」の派生が「毒親」
幹は「AC」・枝の一つが「毒親」

「アダルト・チルドレン(AC)」を幹の部分とすると、「毒親」は枝分かれしたひとつの枝にあたります。

ACとは(幹の部分)

「家庭が健全に機能していない、機能不全家族」で育った共依存の状態、概念、意味のこと。

毒親とは(枝の部分)
  • 子どもの人生を支配する親のこと
  • 子どもに害を及ぼす親のこと

なぜ「AC」より「毒親」の言葉が流行っているのか

どうして「毒親」の方が流行ってるの?

「毒親」のせいにすることで、自分を正当化できる。

「自分は悪くないと思っている若者の共感を得て受け入れられた」のではないかと私は思うの。

それだけ?
お母さんは本当は悪くないの?

子ども愛するよりも自分のニーズを満たすことを常に優先してしまう。
そんな母親自信の強い承認欲求も問題ではあるわね。

「アダルト・チルドレン(AC)」と「毒親」の関係

「アダルト・チルドレン(AC)」が日本に知れわたった頃、
アメリカで「毒になる親 一生苦しむ子供」が出版された。

翻訳されると同時に「毒親」という言葉が日本で広まった。

  1. 「アダルト・チルドレン(AC)」という言葉が生まれた

  2. 「毒になる親 一生苦しむ子供」の本が出版されて「毒親」という言葉が生まれた

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おすすめの本です。簡単にご紹介しますね。

この世に完全な親などというものは存在しない。どんな親にも欠陥はあり、だれでも時にはそれをさらけ出すことはあるものだ。

(中略)

どんな親でも一日24時間子供に気を配っていることなど不可能だし、時には大声を張り上げてしまうこともあるだろう。

それに時には子供をコントロールし過ぎることもあるだろうし、たまになら、怒ってお尻を叩くこともあるかもしれない。

そういう失敗をしたら親として失格なのかといえば、もちろんそんなことはない。

親といえども人間だし、自分自信のことでもたくさん問題を抱えているのが普通なのだ。

(中略)

問題は「子供に対するネガティブな行動パターンが執拗に継続し、それが子供の人生を支配するようになってしまう親がたくさんいる。

子供に害悪を及ぼす親とは、こういう親のことをいう…

「毒になる親 一生苦しむ子供」より引用

さらに本の中で「『毒母』のいる家庭では父親の存在意義はなくなっており、父親は母親の側に立って、家庭に問題はないかのようにふるまう」とも語っています。

この本は「毒親」という表現をしながらも、「親も完璧な人間ではない」と、親の立場も公平に表現しています。

完璧な親もいなければ  完璧な子供もいない  お互い様

「毒親」という言葉の危険

アダルトチルドレン 毒親

「毒親」という概念は、その一方的に親を毒扱いするという単純さが浸透した。

「アダルトチルドレン」という言葉を死後と思わせるほどのブームになった。

マスコミは「毒親」を避けること、否定することしか言っていない

「毒親」に育てられたから仕方ない。といういう考え方は危険である。

アドラー心理学でいうところの、過去(親)にばかり注目し、自分の未来に目を向けていないからだ。

ネットであふれる「毒親」の話題や、「毒親」の本に至っても「これから」のことに触れていない。

毒親を避ける方法。 毒親と縁を切る方法…。

そんな話ばかりなのが気になる。

一番大切なことは、「なぜ親が毒親になったのか」までを受容することで、これからの自分を変えれらる。のだと筆者は考えます。

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2 COMMENTS

あおい

「毒親」という言葉が、英語の和訳だと知って納得が行きました。
私は昭和も昭和、30年代の生まれで、両親は大正生まれです。
なので、どんな酷い親でも「親」という単語の上に「毒」という文字をつけることに非常に抵抗があります。
でも今の若い人にはマッチしたんでしょうね。
例えば、内田春菊さんの「ファザーファッカー」「あたしが海にかえるまで」等を読むと、とんでもない親は存在する、とよく分かります。
私はもう両親を見送っていますが、やはり自分のDNAというものを強く感じることは今でもある。
そして、酷い親であっても(私の両親はごく普通の親ですし、感謝しています)この世の中に命をもたらしてくれた意味はあると思う。
「毒」という一文字で片付けて欲しくはないな、と感じるのです。

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ななこ

コメントありがとうございます。
「毒親」という言葉。
そうですね、あおいさんの仰る通り、とんでもない親は存在する…。として。
そのとんでもない親を除外すると…。
親に腹が立つこともたくさんありますが、私のこともきっと腹が立っているはずで…
「毒親」というひとことで自分を正当化するのは…
私にはできません…。
なんでしょう、あおいさんのおっしゃるDNA的なものなのでしょうか。
自分に都合が良いときは愛してくれる。←多かれ少なかれそんなものではないのかな?
と思ったりすると、やっぱり感謝しかないんですよね。
あおいさんはきっと私と同じように「毒親」という言葉に抵抗を感じられたのだと私は感じ、コメントをいただけて、とてもうれしく思いました。
「毒親」という言葉ですが、実はtwitterをみていて驚いたのです。
毒親が悪い的なツイートが当然のように共感を得ていることにショックを受けました。
あおいさんに勇気をいただいたので「毒」という言葉で片付けてはいけないという想いのメッセージを今後も送っていこうと思います。
コメントありがとうございました。

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